男は、真っ赤な顔でしゃべりはじめた。
信じてもらえないでしょうが、私は「たましい」を見ました。ほかに表現のしようがない出会いです。
私は彼女の素直な姿を見ました。恥じらう姿を見ました。妖精のように振舞うのを見ました。
いえ、プラトニックですよ。彼女には恋人がいます。それは初めから知っていました。でも、出会ってしまったのです。
彼女も、何度か恥じて「やめましょう。会うと普段の自分ではなくなってしまう」と言いました。
二度と会わないと思ったことはお互いに何度かあります。
最初の春、満開の桜の下を歩いているときに、私は彼女の未来の子供を預かりました。
私との子供であって欲しいと願います。が、多分違うでしょう。
ゲーテの「親和力」という話をご存知ですか ? 子供の頃に読んだが憶えていない、そうでしょう。青臭くて、大人になると忘れてしまうような話です。私もすっかり忘れていました。
二組の夫婦が、互いに別の相手のことを心に置きながら過ごした一夜ののち、産まれてきた赤ん坊は、肉体の父親ではなく心のパートナにそっくりだったという…… いわばおとぎ話です。
私がいま預かっている彼女の子供。もしも彼女に返すときがきたら、産まれてくる子供はきっと私に似てしまうんじゃないか。そんなことを考えるのです。
妄想ですよね。笑って下さい。
男は残った酒を飲み干し、そそくさと勘定を済ませ、夜の街に消えていった。再度会っても、私には彼のことがわからないだろう。
0 コメント:
コメントを投稿