2011-06-30

6月29日未明

午前四時、目が覚めてしばらくして食事を買いに出た。空が薄明かるく、28夜の細い月が建物の隙間に浮かんでいた。

そしてコンビニの帰り、自分の胸に、この一年あまりわかだまっていた、隠すことを強いられ、ぐつぐつしていたものが解放され、空に向けて飛んでいった気がした。

三時間ほど仮眠を取り、昼に目覚めた。
胸の体感は開いたまま、風がすうすうと通り抜けていく気がした。
胸が空っぽで風が吹き抜けるというとふつうは悲しい、空虚な印象だが。それは心地よかった。

判断は間違うことがある。だが決断に間違いはない。善悪を越えて総ての責任を引き受け、道を選ぶのが決断だから。誰がどう批難しようが、「それしか選べない」と想い定めて決めるのだから。
そう思ったのが風の通るきっかけ、総てをふっきったきっかけ。

何度、吹っ切ったと思ってもあとでまた、次の波が押し寄せていたのに。
今では何も怖くない。

三週間前に想い定めた「いつか、皆で笑い合える日がくる」その時に向かった道を歩けている、そんな気持ち。

2011-06-21

欲望がない

怒りが何度も繰り返し襲ってきていたのは、また同じ失敗を繰り返すかもしれないというおそれだったのか。

もう同じ失敗はしない、どんな人との交際も同じ間違いにつながるような形にはしないと思えたら、悔やむ気持ちも執着もなくなった。

譲れないものは譲らない。喧嘩ができる友人しか欲しくない。

無制限の優しさなんか、誰にもあげない。

2011-06-16

夜は

夜は千の目を持つ
僕は八つくらいの目(視点)がほしい

2011-06-13

マリンスノーの降る夜空

マリンスノーは海に降るもの、もちろん大気には降らない。そんな「なにか」を感じるひとがいそうな夜というだけ。

などと書いて半時間も経たないうちに雨が降り出した。

ときどき過去と未来を間違うのは、べつにジョゼ・ルージュメイアン の特権というわけじゃない