そうか、あのとき総一郎が (自分で wassr に公表した )メールアドレス教えたっけと言って怒ったときに、矛盾している・きっとなにか別のことを言いたいのだと高く評価したのが間違いで、バカだから可愛い
と思えなかったのが負けなんだ
そう考えてカードを引いた。
P4-T13R (あのけんかした時に結論となった、同じ死神の逆)
T3R - W5 - WJ - S3
C10R - S3 - P5R - SA
なるほどね、傍証されてしまった。
そうか、あのとき総一郎が (自分で wassr に公表した )メールアドレス教えたっけと言って怒ったときに、矛盾している・きっとなにか別のことを言いたいのだと高く評価したのが間違いで、バカだから可愛い
と思えなかったのが負けなんだ
そう考えてカードを引いた。
P4-T13R (あのけんかした時に結論となった、同じ死神の逆)
T3R - W5 - WJ - S3
C10R - S3 - P5R - SA
なるほどね、傍証されてしまった。
昨日更新された 無職転生 - 異世界行ったら本気だす - - 第百十七話「到着」
では、主人公の父親が、助けに来てくれた昔の仲間と17年以上ぶりに和解する。
語り手の主人公にとっては、両親の結婚以前にどんな喧嘩をしていたのかわからない。次のように描かれるのみだ。
パウロはその場で膝を突いた。
そして、頭を地面にこすりつける。
土下座だ!「あの時は、悪かった!」
エリナリーゼはパウロを見ない。
そっぽを向いて答える。
口先を尖らせて、面白くなさそうに言った。「……あの時の事は、わたくしにも、非があったと思ってますわ」
……あれ?
予想外の言葉が聞こえた気がした。
こんな風に和解できたら良いとしばし感慨にふけったが。しかし。よくよく考えてみれば、わたしは言いがかりをつけられてから2ヶ月、謝罪の言葉を書き送り、しかし無視され、共通の友人(だった)を経由して連絡するなといわれたのだよな。
そして、和解の言葉もなく、別の共通の友人を経ての飲み会を開催され、その場でなにも言わない。
それから二年、メールをアドレスごと晒されても、こちらは公には黙していた。
気が済んだという記事
を公開することはできても、こちらからもう謝ることはできないよ。
その段階は、済んでいる。それでも修復できなかったのだから。
去年の5月、心身がぼろぼろだったときから夜勤の水商売を吉祥寺にしている。リハビリにはなった。
ときどき夜勤明け、帰り道に吉祥寺駅の東側にあるラブホテルの前を通ることがある。必ず仮名・京の雰囲気を感じる。最後に四人で酒を飲み、仲直りができなかったときに、あとの二人の宿を探すため新宿のラブホテル街を何度も通ったせい、思い出しているだけだろう。
あのころ、あのあと。「忘れろ」と言われたのならと。もしくは自分の生活をするために忘れないといけないと。いろいろの女性と会った。セクシャルな付き合いをしたら忘れることができるかと、その手の商売女にも会った。かえって商売女に会うと、ホテル街を通りながら「自分が身を売っていたこともある」と匂わすような言動をしていた彼女のことが思い出されて腹が立っていた。身を売っていたと推測されることが問題なのではない。その程度のことで愛想を尽かされるだろうと確信されていたことに、信頼されていないと怒っていたのだ。事実であれ、喧嘩を売るためのフィクションであれ。
夜勤先の収益があまり良くないと、武蔵野総社である府中・大国魂神社に行きだした頃からだろうか。神社には自分のことを誓いに行くだけだが、摂社の稲荷には二度と彼女に会えなくとも彼女に幸せがあるようにと願う習慣が、心を安らがせるようになった。
21日日曜日、土用子の日。部屋を持たない売春婦を呼び出し、商売の値段を払い鰻をともに食べ、酒を突き合わせて時間終了とした。
そのようなことをして腹が立たなかったから、もう彼女のことで怒っていない、こだわってはいないのだなと思えた。気がすとんと楽になった。
前日に食べたラーメンとの対比で、旨い盛り蕎麦が喰いたいという気があったのは、単に生理的な事情だろう。
数人で新宿南口前に話をしていた。
ある女性には、このあと本屋に行かないかと声をかけた。
べつの女性には、またべつの誘いをした。
だが集団の端にいた若い女の子から逆に『藪蕎麦に行きませんか』と誘われ、とても嬉しくなってそのまま二人で集団を離れた。
しっかりと背中の腰に近い部分を保持され、声をかけたひとびとに断りなく離れるのは悪いがと後ろめたさを感じているときに目が醒めた。
背中は、寝るときに新書を下敷きにしていた感覚に、夢でつじつまあわせをしたらしい。
起きて、顔は(迷惑を掛けないようにという理由で無理に)忘れた彼女だったのだろうと思った。歳が似てる。
場所はオフ会のあとで解散後に残っていっしょに買い物に行った場所だし。なにより、誘われたからとほかの知人をないがしろにした気持ちを思い出させられたのだから。
うしろめたくならないように、朴念仁に生きろという夢かね、わからん。
わからんから考えろってのが『重い夢』であり、お告げな結論などあるわけがないというのが私自身の感覚である以上、わたしはわからん夢しかみないよね、当たり前。
ミクシィのニュースから男女のすれ違いはなぜ起こるのか!?を読んだ。
わたしに言わせたら、男が自分の責任と意志で相手だけに対しているとき、女だから仕方ないとばかりに相手についての相談を周りに持ちかけるのが不誠実というものだ
こっちのブログ、基本「仮名・京」への思いしか書いたことがないブログ記事を立て続けに書くようになってから四日が経った。今日は深い眠りだけでなく夢もみて、少し気分が晴れた気になっていた。
四日間の始まりの月曜日祝日、相談事があってメールをもらったがダウンして連絡の取れなかったタロ友さんがいて、昨晩もメールをもらったので返信してみた。
余談だが、このひと他三人のタロ友さんとタロットの話題で集まり、食事に向かう新宿駅のエレベータで、わたしとこの人だけが話してるように見える位置のとき、すれ違うエレベータで「仮名・京」に似た若い女性がこちらをみて眉をひそめていたことがある。もし、あれが本人なら誤解されたかと思った。古い話だ。
着信履歴から電話をしようとして、四日間の前、金曜の未明に非通知の着信があったことに気づく。
非通知なんて、今年のわたしの誕生日零時に固定電話にあって設定で拒否してしまって以来だ。
落ち着いてから電話をしたが、わたしの声があまりに落ち込んでいたらしい。どうしたんですか
に始まり、珍しく向こうが先にカードを引いてくれた。
カードの内容はおいとく。タロ友がいう言葉を聞きながら思った。
ぼくは「仮名・京」ともう一度会うことは怖いし、怖さのあまり疲れて億劫になるし逃げたくなる。疲れるけど。
でも、この疲れを解決しうるとしたら、似てる誰かではなく、わたしの解釈でもなく、本人の言葉しかあり得ないのだよな。
日曜の夜から、祝日をいちにち寝てたのに泣きはらしたような体調だと思った
唇が乾いて腫れて、あたま重い
ふとさっき、9時ころ
「でも絶交のあとの喧嘩のしかたが下手だ、直接にいわないでタイムラインに言いふらすのが腹立たしい」
と一番にわたしは怒っていたので、もう喧嘩の原因は関係ないんだよな。
遅かれ早かれ、同じように許せなくて人間関係は長続きしなかったのかと思った
で、引いたカード
WN-T1 (T1 が正位置に変わった)
W6-CKR-PK-P6 (久々に普通のケルト十字だ)
T2-WQ (これ、私からみた私と向こうになってるな。では向こうからみた私と向こうは?ともう二枚)
PKR-PQ (なるほど)
WQ-C4
なんか、納得した
前記事であのとき何があったのかはいまでも知りたいし、きちんと何も言わず勝手に離れていかれたのは納得いかない
と書いた。
今日、togetter の記事からふと離婚のことについて久しぶりに思いだして書いた記事からふつふつと怒りが込み上げてきて、思い出したことがある。
あのバカ
がはてななう
などと書いてきたから、なぜそれをわさのタイムラインで経緯知ってるはずのきみが私にいうのだ。しらなかったとしたら元妻がわたしの悪口をいうのを聞きかねないと哀しみ、怒って(肩書き・名前で)元妻によろしく
とだけ返事を返したことはあるね。
最期にあって、筋のとおらな絶交を謝りもしなかったのに腹を立て掛けてたときになんで離婚したんだよ
と言われたことは、そういえばあった。
もしもわたしの怒りや悲しみを、元妻への愛と勘違いして、かつ私に言わずに周りに当たり散らしていたとしたら。それは自惚れまじりの、あまりに酷い、だが心安らぐ仮説。
にしても、もしそうだとしても、オレほんとに女運悪すぎだろ。
今朝ふと呟いた。
もう苦しんではいないけど、「あのとき何があったのか」は今でも知りたいね
最近は落ち着いて考える時間ができて、思い出すことも多い。だが、喧嘩の成り行きを思い返したのは久しぶりだ。
忘れるべきだと思ったから、あの半年後から一年半放蕩した。
いまでも、筋のとおらない喧嘩を仕掛けられたこと、こちらからの連絡を絶ち共通に参加していたコミュニティに対し私への批難をして、筋をいえば皆の前で彼女を傷つけるような立場に追い込んだことなど、あの当時の経緯をたどれ謝罪なく許せる気はしない。
が、大切に思ったことを忘れることもできないのだろう。どんな理屈をつけても。
忘れられもしないが、許せもしない。大切な人だからこそ筋は通してほしい。
その矛盾を抱えたままでも生きられるような気がしてきた。
どうでも良い相手なら、いくらでも最後のわがままだけ受け入れて、あとは理解を放棄して歩ける。それは昔から。
どうでも良くはないから、忘れることはできない。理解は放棄でなく保留のまま、それでも
日曜日、池袋から明治通り沿いに新宿まで歩いて帰ろうかと気が迷いかけたときに、女性な友人からmixi経由のメッセが届き。理屈は説明できないが大人しく帰る気になった。
帰ってみたら睡眠不足が自覚でき、よく眠れた。帰ってよかった。
今日火曜日。
長文の返事になると予想していたのを散歩がてらに書き上げて返信。そのほか気になっていた作業や連絡をおえてファミレスの席を経とうとして、荷物をまとめる際にデッキが見つかりなにげなく引いた。
ウィッカ・デッキで中央は8番力と9番隠者。下から右回りに2番女教皇、剣4、盃9、盃3。右は下から棒6、剣2、金貨王、剣9。
このデッキならではで心安らぐ絵柄が多く写真を撮ってみたし、公開したくなった。
この絵柄、この並びをみて仮名・京でなく、一時間ほど前に返事を書いた目の前の相手との人間関係が思われるのが自分の成長と思える。
解釈はしない。ただきれいで、得心がいき、心がやすらいだ。
二年前の、父の推定命日が過ぎ去り、三回忌で喪が明けたと思ったのが水曜日(そして月曜日から仕事に復帰する、決して得意ではない Java 言語のコーダ業務がどれだけ続くかわからないが)
なぜかまた、仮名・京のことが思われる。
本人がタイムラインにあからさまに書いたメールアドレスに紐づく Google+ に私の愚痴を書いていた人。
それを指摘するのが怖くて、やんわりと書く代わりにメールをそのアドレスに送ったら、口実だったのか本気だったのか「しばらく連絡しない」と怒りだし、悩んだ末のひと月後に「君はあからさまにメールアドレスを書いていたし、わたしはそこにイイネしてたよね」と書き送ったあと、共通の友人経由で酒席を設けたのかと思いきや、けっきょく謝るそぶりをみせずに、いくら水を向けてもとぼけつづけた人。
父の死の時にそばにいてほしいと連絡を取り続けて無視され、それでは私が嫌いなのか、願いに従って執着を絶たねばいけないと思ったから、女性関係があれから乱脈になったのだなと反省するほどに、また思い起こされる。
この春の私の誕生日の午前零時過ぎの非通知着信、ほかに心当たりもないし彼女だろうと悩んだりもした。その翌月かに連絡をとり「連絡をしないでくれ」とはじめて返されたのだから、気に病むべきでないのだろうと思いながらカードを引くのに、なぜにこうも「思い直せ、彼女もまた、お前に囚われてる(だが怒ってもいる)」とばかりにカードが出るのか。
連絡を取らないでくれといわれてから、今まで目を背けていた自分の怒りを公式日記にいくつも綴った。
遊女の思考形態だよねと書いた。
はじめて、西洋人が女性を売女と罵る意味がわかったと思い、自分でも酷いことを書いてると思った。
これだけのことを書いたのだから、もう私は彼女にはきちんとサヨナラを言ってもくれなかった憾みしか残っていないものだと思えるはず、なのに。
札が「私は自分の恋情から逃げようと無理してるだけ」、「彼女もまた囚われてる」とばかりに出る。
歳の差を考えれば、私の甲斐性無しを考えれば、成就すべきでない恋なのに
それは二年も前のことだというのに
古傷が痛んで仕方がない
人に怨みはなく、腑に落ちない処理をされたという憤り
それは二年も前のことだというのに
あれを傷つける気は毛頭ないのに
思い出すだけで、世界が色褪せる
「あの馬鹿」と呼べるのは
今でも
実娘とその女一人だけ
あとは節度をもって接することのできる他人
GW は嫌いだ。
自分が周りの人間を巻き込んでおいて、私がその不明晰さに混乱して「あれは本当にあったことなのか」と訊こうとしただけでさらに荒れて「他人を巻き込むな」などとふざけた言いがかりで友人をひとり、巻き込み、事態を悪化させたあげく。
結局は会っても何も言わず、言わさず、黙って喧嘩などなかったこととして振る舞おうとしたあいつも。
それでも会えば仲直りできると信じていた自分も。
二年前のどちらの出来事も、互いに幼すぎて腹が立つ。
今年は、もう忘れることができるかと思えば互いの誕生日にまた過去からの響きがあった。
あのとき私の家の電話が非通知も着信可にしていて、彼女からの声ならば、祝福ならば。笑って総て水に流せたのだろうか。
わからない、だが少なくとも連絡もきちんと取れない相手を認めることはできない。
今年もまた、GW はロクな状態ではない。
だが去年よりはマシだ。
去年は、追憶が勢い剰って、彼女からもらった「私だけを見ろ」という言葉が核となった自分への呪詛を作り上げてしまった。
呪詛として処置するために神社にいき、拝み屋が見るであろうもの、感じるであろう気配を使って解呪できたのは夏のことだった。
許させてほしい。
こんな想いかたはいやだ。
年末かその辺り、「赦そうと思えば愛さざるをえない、愛そうと思えば怒らざるをえない。グルグル」とどこかに書いたような気がするが見当たらない。まぁ良い。
考えてみれば、だ。
私にどんな愛や意図があろうが、受け取り手が不快だったり脅かされたりしたら攻撃だという、向こうの価値観を尊重すれば、だ。
二度と会わない相手を許す必要はない。
またいつか会えるだろうと確信・信頼していたから怒りを収める必要があるわけで、会うことがないというならば、怒り続けていても良いわけだ。
憎くもない。嫌いでもない。
幸せであってほしい。
だが怒りつづけることと両立する。
頭痛でこの男( http://goo.gl/QgtnS )を思い出した。
「畜生、泣きすぎて頭が痛いぜ」
(c)獣木野生
恋の本質が「この人は唯一でほかにいない」という感覚ならば、ほかのもので代替できないとうことならば、最後に受け取った怒りがそのまま持続するのは当然と思える。
怒りを認めたくなかったから、感謝しているから、好きだからと怒りから目を背けて10ヶ月
怒りを認めてからさらに一年。
それだけが残ってしまうのも、ほかのやさしい感情の対称を一時的に別の対象に置き換えても残るのも。しかたがない